人が人を評価する難しさ

Setting Sun
先日報道された、アラバマ大でテニュア審査で落ちてしまった教員がテニュア審査員を射殺するという事件は衝撃的だった。
私の印象では米国でのリストラは、ある一定以上の水準の技術職であれば、その市場の変化に対応した組織の方向性の変化が原因で個人の専門性とのミスマッチが原因であることが多いと思っている。つまり、個人の落ち度ではなく、この種のリストラはあまり転職にはネガティブに働かない。しかし、テニュア審査で不採用は少々違うような気がする。大学でのキャリアは絶たれ、その人の今後は企業への就職に方向転換を迫られるので、プレッシャーもショックも大きい。
もう一つ私の印象に残った事件は、ミシュラン三つ星シェフのベルナール・ロワゾー氏がミシュランの評価をきっかけにショットガンで自殺した事件。人によっては他人の評価は殺意を自分の命を脅かす物でもあるということが証明された。
グローバル化が進み、組織が置かれる環境変化に応じて、ドライにリストラを遂行する企業、組織が増えてくるだろう。そして、類似した事件が日本でも増えてくることは確実だと思う。
本当に私見ではあるが、この様な事件はシステムと個人両方に問題があると思う。まず人の評価は数値で定量的に行えない。特に最先端の研究開発の現場では、その人の技術が本当に役に立つかなんて判断するのは難しい。(これは民主党の事業仕分けでもあったではないか)
また、人の評価に囚われすぎているという人生も悲しい。人の意見、評価に左右されずに自分の意志だけが変えられる軸を持つ事がこれからは重要だ。(この点で一番成熟しているのはヨーロッパの人たちだと思う)
とはいっても、人が人を評価するシステムというのは本当に難しい。世の中の早い変化に無理して対応することなく、ゆっくり進化していって欲しい事柄の1つだ。
P.S. ちなみにベルナール・ロワゾー氏のニュースを知ったとき、私は斉須政雄氏の「調理場という洗浄」という本の中に出てきたベルナールであると勘違いしてしまって驚いたのだが、こちらはベルナール・パコー氏でした。
調理場という戦場 ほぼ日ブックス
P.P.S. その後、ビショップ容疑者が過去に色々と事件を起こしていた事が判明。いったいどうなっているのか?
http://sankei.jp.msn.com/world/america/100216/amr1002161949004-n1.htm

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